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【CxOキャリア】波多野昌昭氏のキャリアストーリー(後編)

CxO MAGAZINE編集部
2025/05/02 12:00:00

CxOキャリアストーリー018

【後編】むかつくノートから始まる起業、事業拡大、M&Aとは。

前編はこちら

CxO キャリアサマリー

波多野 昌昭 氏
株式会社DFA Robotics 取締役会長

  • 2004年 青山学院大学卒業後チュラロンコン大学院 入学
  • 2008年 友人と広告代理店を立ち上げる
  • 2008年 漫画専用YouTube「VizMedia」のシステム開発企業WestSideLabの日本メンバーとして参画・起業、2010年売却
  • 2010年 楽天 入社
  • 2014年 リクルートホールディングス 入社
  • 2015年 オンラインプログラミングスクール「株式会社BeSomebody」創業、2017年に売却
  • 2017年 株式会社DFA Robotics 創業、2022年売却 
  • 2024年10月 Marvis Inc, 創業

CxOのキャリアを選んだきっかけや背景は?趣味は事業づくり?筋トレ感覚で生まれる新サービス

波多野氏:実は、2011年から2017年にかけては、キャビンアテンダント向けのスケジュール管理アプリも作ってたんですよ。このアプリは1人で開発を主導し、外注でエンジニアに依頼していました。彼女たちのスケジュールがもうほんとに暗号みたいで(笑)。見づらいんですよね。そこでOCRという画像認識の技術を使って、Googleカレンダーっぽく見えるようにしたんです。しかもスケジュールは頻繁に変わるため、それも自動反映できるようにしたんです。さらに、クルー同士が友達申請してスケジュールを連携できる機能も追加しました。結果としてANA/JALのCA約8,000人に使われました。つまり、僕は全国の半数以上のキャビンアテンダントのスケジュールを持っていたわけです(笑)。もちろん収益化も考えました。最初は無料で提供し、その後何かイベントに誘導したり、プロモーションに活用できないか検討しましたが、CAの方々は副業は厳しく制限されていて、何か仕事を依頼するのは難しかった。また、広告出稿という形も考えましたが、広告主のニーズとも合致しなかった。結果として、事業として成立させるのは困難と判断し、会社はクローズしました。その後、もう一つ開発したのが「チャットストーリー」というサービスです。アメリカで一時期、App Storeのランキング1位にもなった、LINEのような形式でホラー小説を読ませるアプリです。それなりの数のユーザーがつき、この事業は売却することができました。小説家を目指す人たちを募り「あなたの作品をアプリに掲載します」と告知すると多くの応募がありました。面接を経て、選ばれた人たちに1話ごとの報酬で依頼し、チャット形式で物語を書いてもらう。その原稿をCSV形式で提出してもらい、うちのアプリに流す仕組みです。当時の僕は、毎日ホラー小説を読みながら「これは世に出せるか?」と判断しつつ、正直震えていましたよ(笑)。振り返れば、僕は事業を作ること自体が好きなんです。自然と“筋トレ”するように事業を作って、それを世に出して、最終的に売却まで持っていく。それが趣味に近い感覚ですね。ちなみに、これらの売却にはすべて妻のネットワークが大きく関わっています。

家庭の会話が事業を育てる——波多野家の“知的ラリー”

波多野氏:うちの家庭は、夕飯の会話からしてちょっと普通と違うかもしれません。たとえば最初は「船のロープの結び方」の話をしていたのに、気づいたら「半導体の仕組み」の話に飛んで、そこから僕が考えている新規事業のディールの話になる。そのうち、今投資している会社の社長を交代させるかどうか、子どもの教育の話、僕のテニスの話、妻の美容の話、さらに「貨幣経済は今後どうあるべきか」とか「人間とはどうあるべきか」みたいな哲学的な話まで入り混じってくるんです。ロングポンド(GBP)の動きについて語ったかと思えば、僕が汗をかきすぎるから「汗染みしないTシャツを開発したい」って話になる。そういった会話が日常的に繰り広げられています。

--その会話って、波多野さんがリードしてるんですか?

波多野氏:いえ、完全にお互いにですね。常に情報をアップデートしていて、会話がいつも最先端でエッジが効いている。だから、僕の事業に対しても普通にダメ出しされます。「これは絶対うまくいかない」「これは面白い」とか、毎日やりとりがある。まるでYコンビネーターのバッチみたいに、お互いが起業家同士としてぶつかり合い、どうしたらもっと良くなるかを考え続ける。それをもう何年も日常的に続けてるような感覚です。その下地があるからこそ、いろんな事業に取り組みやすいんだと思います。

妻の「むかつく」から始まったドローン事業

 波多野氏:ドローンを始めたきっかけは、前にやっていたBeSomebodyの成長が鈍化して、そろそろ売却のタイミングかなと感じたときでした。「次は何やろう」と思って、ビジネスアイデアを250個くらい出して、課題設定や技術的・倫理的なハードルまで150項目くらいチェックしたんですが、その時点ではドローンの発想はなかった。ただ、ちょうどその頃、妻が離島の特産品プロデュースを手がけていて、船が欠航して商品が届かないことが多いと聞いたんです。それで「ヘリだと高いよね」「じゃあドローンでやっちゃおうよ」ってのがきっかけでした。当時はDJIのような空撮用ドローンが主流で、物を運ぶには積載量(ペイロード)が全く足りなかった。そこで、世界で一番重いものを運べるドローンを探したところ、ノルウェーのGriff Aviationが250kg積める機体を作っていて、すぐに会長のライフ氏とオンラインで話しました。

--アポを取るのもそんなに簡単なことではないのでは?

波多野氏:普通はそうです。でも、僕なりの“とっておき”のコツがあるんですよ。必ず「1分以内の自己紹介動画」を送ります。顔出しで、なぜこの事業をやりたいのか、自分がどういう人間なのかをしっかり伝える。文字だけのメールだと返事がこないことも多いけど、動画だと返信率が一気に跳ね上がるんですよ。BeSomebodyの時も、世界中の教育者にこの方法でアプローチしていました。Griffともそのやり方でつながって「これはいける」と思い、ノルウェーに会いに行くことに。その直前、サムライインキュベートの榊原さんが「経産省でドローンの5ヶ年計画を立てているから、関係者に会ってみたら?」と紹介してくれて、牛島さんという方に会いました。その時は、予定の合間だったのでハーフパンツにビーチサンダルで、即席で作った名刺を持って行ったんです。会社名もその場で「ドローンフューチャーアイランド(DFI)」と仮でつけただけ。でもそれが逆にインパクトになって、「こんな格好で来たやつは初めてだ」と(笑)。「離島の特産品をドローンで届けたい」と話すと、「本当に実現できたら、国の計画にもプラスになるから、ぜひやってほしい」と。その資料を持ってノルウェーに行ったときには、すでに日本の支援の可能性を示せる状態になっていました。Griffからはアジアの独占販売権を取得して帰国。そのタイミングで東京電力から連絡があり、送電鉄塔のメンテナンスにドローンを使えないかという相談でした。伐採、資材搬入、再植林など、1本あたり1億円ほどかかる50万本の鉄塔の維持コストを、少しでもドローンで削減できるのではないかと。これが数億円規模のプロジェクトとして創業半年で決まりました。

ロボット市場の“裏側”にあった勝機

--ロボット事業への参入が、売却に繋がった大きな要因だったのでしょうか。

波多野氏:間違いなく大きかったですね。実は当時、ナスダックでの上場も同時に検討していました。でも最終的には、M&Aの方が合理的だと判断しました。理由はシンプルで、日本はこれからロボットが今の10倍は入ってくると確信していたからです。ロボット市場で最も重要なのは二つ、ロボットメーカーとの繋がりがあること、そして導入・メンテナンスの体制を持っていること。SaaSのように、作った会社が強いとは限らない。むしろ、現場で“動かす力”を持っている会社が評価される世界なんです。

--動かせる会社が少ない、と。

波多野氏:配膳ロボットのエンジニアを採用しようとしても、そもそも人材がいない。SaaSなら他社から引き抜けるけど、ロボットはそうはいかない。DFAは導入から検品、メンテナンス、中国との決済まで一気通貫でできる。その体制と実績が買収の決め手になりました。日本の人口減少という大きな潮流は変えられない。だから労働力不足を補う手段としてロボットの需要は今後ますます高まる。その成長マーケットの中で、コア機能を持っていた。自分たちでゼロから立ち上げるより、すでに機能を持っている企業を買った方が早いという判断だったと思います。うちは中国のJETROと強い繋がりがあって、DFAが新しいロボットみに来たよ、プレゼンしない?なんて告知すると、多いときは300社が集まることもある。DFAが販路を持っていてメンテナンスもできるから、メーカーからすると「ぜひDFAに売ってほしい」となるんです。DFAと組むと、自社の評価が上がるとまで言われる。中国のロボット会社がそう感じているというのは、実際に会って話していて肌で感じますね。コンビニと似ていると思うんです。棚を奪い合うように、メーカーはコンビニに商品を置きたがる。でも本質的にコンビニが強いのは、全国に商品を無駄なく届け、管理し、顧客が快適に購入できる仕組みがあるから。それと同じで、ロボットも作るだけではなく、どう動かし続けるかが価値なんです。そこを担える体制をつくれたのが、DFAの強みでした。

現場課題から逆算した、ロボット事業のコアバリュー

波多野氏:最初のきっかけは妻の「むかつく」から始まったドローン事業で、正直、そのむかつきが、最終的にM&Aにつながるとは当時はまったく思ってなかった。ただ、自分がVC出身ということもあって、クセのように「この会社のコアバリューって何か?」を常に考える習慣があったんです。それが自分の会社であれ、他人の会社であれ。それもあって、ドローンやロボットの領域では最初から「プロダクトは作らない」と決めてました。中国には勝てないし、開発競争に巻き込まれたら資金力の勝負になる。それよりも、日本という参入障壁の高い市場で、導入と運用の現場に特化していくほうが、確実に価値が出せると考えたんです。あと、海外に出ていた経験も大きいですね。セイシェルでUberEatsみたいなサービスを頼んでも、前払いしたのに誰も来ない(笑)、代わりの人もいない。そんな「競争が存在しない」環境を知ると、日本の仕組みがどれだけ整っているかがよく見えてくる。そういう体験を通して、「日本なのになんでこれができていないんだ?」という怒りが、むしろ事業の一番のヒントになると気づきました。それを出発点に、逆算で設計していくことで、結果的に価値のあるモデルに育っていった感覚です。

むかつきからしか始まらない。これからもずっと。

波多野氏:セイシェルに来て、もう9年目です。今もいくつか新しいプロジェクトを進めていて、そのひとつが「Marvis Inc.」という会社。今年の7月には世界向けにローンチできる予定です。一言で言うと、パソコンの中のすべての作業を自動化してくれるAIを作っています。イメージとしては、自分のPCの中に社員が10人増えたような感じ。営業、マーケティング、請求処理、SNS投稿など、ありとあらゆる業務を全自動でやってくれる仕組みです。AIエージェントの技術をベースにしつつ、クラウドには上げずローカルにインストールする形式。セキュリティも重視しています。Marvisはアメリカ法人ですが、販売はDFAが行います。展示会などのプロモーションもDFAの枠組みで進めていく予定です。僕自身、DFAは今後100倍くらい成長すると思っていて、そこにはこれからも深くコミットしていくつもりです。ロボットとAI、この両方をやっていない会社は、これから確実に取り残されると思っています。もうひとつ、個人的に準備しているのが「VCを評価するサービス」。これは、VCにいた経験やスタートアップ支援、エンジェル投資の知見を活かして、LP(ファンド出資者)向けの評価ツールを開発しています。この背景にもやっぱり「むかつき」があるんですよ(笑)。正直、不勉強なVC担当者が多すぎる。せめて1回くらいExitしてから来てくれ、と思うわけです。そういう人がLPの資金を扱ってると、スタートアップも育たないし、国全体の経済にも良くない。アメリカはVCとLPの仕組みがしっかりしてるからこそ、成長できた。他の国でも同じようにするべきだと感じたし、だったら仕組みから作ろうと思ったんです。結局、僕の原動力はいつも「むかつき」なんですよね。そのまま放っておかずに、プロダクトや事業に変える。それが自分のスタイルなんです。